高品質でお求めやすい本物のペルシア絨毯のお店デコラシオン

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KNOWLEDGE

原料~シルク~

シルク(絹)の歴史

絹は5~6,000年前から人と関わりがありました。絹の発祥は紀元前2,000年頃と言われています。紀元前2,000年頃、中国の妃・西陵が繭から細い糸を繰ることを発見し、次女たちに養蚕・製糸を教えたことが始まりのようです。中国ではその方法を秘密として、絹織物だけ輸出していました。このとき、中国から西方諸国へ絹を運んだ道がシルクロードです。

中国以外で養蚕が始まったのは6世紀頃とされています。西方の修行僧が中国から蚕の卵を持ち帰り、これをユスティニアヌス皇帝に贈ったことが始まりで、こうしてコンスタンチンノーブルを中心に養蚕技術がヨーロッパに広まりました。日本には、弥生時代に朝鮮半島楽浪群を経て伝わったと言われています。日本の蚕糸業が著しく発展したのは明治以降で、当時の輸出総額の半分以上を占めていました。しかし、第二次世界大戦後はアメリカナイロンの大量生産のあおりを受けて、繭の生産量は減少してしまいました。

絹糸には、大きく分類して養蚕による家蚕(かさん=室内で飼育する蚕)と野蚕(やさん=野生の蚕、黄色い強い繭を作る)に分けられます。繭を作る蛾は世界中にたくさんの種類があります。それぞれに大きさや風合いが異なります。

生糸の製糸法

一本の繭糸を横断面を見ると2本のフィブロインをセリシンが囲んだ二層構造になっています。セリシンは熱湯や石けん水に溶ける蛋白質で、家蚕の繭を水に入れボイルすると繭を固めている膠質が溶け、外側の糸がほぐれて浮かんできます。このいくつかの繭からほぐした糸を集めて、糸繰機に取り付け、一本の切れ目のない繊維として巻き取っていきます。セリシンが再び冷え固まり、糸になります。

出来た糸を生糸と呼びます。(一つの繭から800~2,000m) 野蚕、あるいはタッサーの繭は、果実のように絹糸でぶら下がっています。成虫(蛾)は、繭に穴を開けて外に出るため、一本の絹糸は短い糸のようになってしまいます破れた繭は梳いて、毛羽を立て繭綿にされ、一本の糸に紡がれます。断面が扁平なので光沢やしなやかさに劣ります。(家蚕糸より2~3倍太い)

繭

絹(家蚕)は宝石と同じく、光を屈折させるので明るい光の下では光沢が増し、美しく見えます。 これは、フィブロイン繊維が三角形に近い断面と特有の微細構造を織っているため、繊維に光が当たると光が屈折・分光・干渉して和らげるからなのです。

また、絹はしなやかで腰があり、触り心地が良いのはフィブロイン繊維が非常に細く、そしてヤング率が大きいためです。反面、紫外線に弱く黄変することがあります。なぜなら、フィブロインを構成するアミノ酸のうち、チロシンやトリプトファンが紫外線を吸収して着色物質に変化してしまうからです。 取り扱いには注意が必要です。

絹はウールと同じく蛋白質が主成分なので、アルカリ質に弱いのが特徴です。お茶系・ワインなどでシミになりやすいので注意が必要です。湿気に弱いので収納には注意を要します。本来、空気に触れない方が長持ちします。通気性の良い紙などで梱包、保管することをお勧めします。イランでも良質のシルクがラシッド地方で養蚕されています。生糸を使った絨毯は価格も高価ですが紡績糸の絹織物よりも退色・堅牢度も大きく勝っています。
シルクは健康食品としても開発研究されているくらいで、人肌・身体と馴染みが良く、アレルギー体質の方にも安心です。

原料~ウール~

自然と呼吸が合う、ウール絨毯

ウールって気持ちがいい。人々はその優しさと暖かさをはるか昔から知っていました。
遊牧民のテントでは、一枚のウール絨毯が旅人の疲れを癒し、ペルシアの王様は豪華絢爛な絨毯の上で永遠に花咲く楽園に思いを馳せました。今、人々の暮らしが変わってもウールはウール。私たちの暮らしにとけこみ自然の息吹とぬくもりを伝えてくれます。

遊牧民のテント

ウールは羊の毛ですが、その羊にもいろいろな種類があり、品質改良も行われてきました。今、一般的に生産される高級羊毛として有名なオーストラリア産の「メリノ」は衣料用としては適していても繊維が細すぎて(15~25ミクロン)踏みつける繊維には適していません。肌触りと踏みつけても元に戻る弾力性を兼ね備えた羊毛(40ミクロン以上の繊維)は品種改良されない遊牧の羊から生まれます。

遊牧民は冬は南へ、夏は北へと数百キロもの離れた距離を羊と共に彼らの先祖から受け継がれた土地を旅していますが、長い歴史の中で戦争やヨーロッパ諸国の線引きのため、二国間の国境などを遊牧することもあり、その時の事情で彼らの古くからの行動が受け入れられる時期や部族間の自治権紛争、国家が定住を促進するなどで遊牧そのものの減少も避けられない環境となっています。

羊

生後、初めて刈られる子羊の羊毛をコルクウールと呼び、特に高級とされています。非常に細く柔らかいため適していないように思えますが、撚りを多く細い糸を必要とする高密度の織りの絨毯には欠かせない存在です。高密度絨毯の主要産地エスファハン・ナイン・カシャーン・タブリーズなどで使用されます。

しかし、最近では羊毛の柔らかい部分の毛を選別して紡績したものもコルクウールと呼ばれています。
成長した羊の毛は絨毯に適した最高の羊毛です。絨毯用に品種改良されたニュージーランドの「ロムニー」「クープウォーズ」などもありますが、ペルシア絨毯にはイランの厳しい気候・風土の環境から生まれた遊牧羊毛が最高です。

一頭の羊から採れる羊毛はすべてが適しているとは限りません。食肉と同じように採れる部位によって品質が異なります。春に刈られる羊毛と秋に刈られる羊毛もまた違います。品質・糸の太さなどによっても変わります。選別・ブレンドなどが重要になります。用途によって異なりますが、一般的には肩からわき腹の羊毛が最上質と言われています。安価な製品をみると所々に白く染まらない糸が混じっていることがあります。デッド・パイル(dead pail)と呼ばれ、ウールの特長が全く失われている毛です。

◆ウールの不思議

自然は神秘に満ちています。羊の生命活動によって生み出されるウールも、調べれば調べるほど不思議な性質を備えているのです。科学技術がどれほど発達しようとも、人が神を超えられないように、合成繊維がどれだけ進歩しようとも天然の繊維を超えることはできません。
神が創造した繊維、ウールの不思議を学んでみましょう。

◆呼吸するウールの不思議

ウールは表皮(スケール)の一枚一枚が毛先の方向に突き出して規則正しく並んでいます。このウロコ状の表皮が繊維と繊維が絡みやすく、しっかりした強い糸を作りだすことができるのです。

顕微鏡で観察すると、表皮はエピキューティクルという薄い膜で覆われており、これが水を弾くという性質を持っています。同時に汚れにくいという長所も生み出しています。また、表皮は外気の変化に応じて水分は弾きますが、湿気を吸収したり放出したりする生理作用があります。ウールが呼吸する繊維とは、このウロコ状の表皮が湿気を感じて開閉し、湿気を吸ったり吐いたりすることを言います。

天然のエアコンと言われ、夏涼しく、冬は暖かい。

ウールの表皮

◆縮れ(クリンプ)の不思議

ウールの構造でもう一つ特長的なのは、一本一本の繊維がスプリングのように細く縮れていることです。このクリンプと呼ばれる縮れの原因は表皮の下の皮質部にあります。

皮質の部分はA-コルテックスとB-コルテックスという二種類の性質の違う細胞で出来ており、この二種類の細胞がはり合わさったような構造でできています。A-コルテックスは酸性を好む組織、B-コルテックスは塩素を好む組織で、この性質の違いが縮れを生じさせます。ちょうどサーモスタットの中のバイメタルに似ています。バイメタルが熱で曲がるように、ウールの二種類の細胞が空気中の湿度や水分に含まれている酸やアルカリの変化に対応し、反りあがります。このクリンプは引き伸ばしてもすぐ元に戻る性質があり、弾力性に富んでいます。

ウールの構造図・ウールの表皮

羊毛繊維のクリンプ

◆「易染」と「難燃」の不思議

ウールは人の髪の毛と同様に19種類ものアミノ酸でできたケラチンという蛋白質から構成されています。
ウールの染め上がりが良いと定評があるのは、このアミノ酸と関係しています。
一般に染色は染料とアミノ酸がよく調和するかどうかで良し悪しが決まるといわれ、ウールのアミノ酸は酸性と中性・塩基性とそれぞれ性質の異なったもので成り立ち、染色はこの酸性と塩基が主に関与するといわれています。このため、広範囲の染料と科学的にしっかり結合できるのです。

また、ウール自体が蛋白質であるため、湿気を吸収しやすく、染色にムラなく繊維の奥まで浸透し、深い色合いに染めあがります。染め上がりの良さは全繊維の中で最高と言われています。
ウールが蛋白質で出来ているため、もうひとつ貴重な長所を生み出しています。それは難燃性に優れているということです。ウールは火をつけると燃えますが、すぐに黒いコブ状になって燃え広がりません。蛋白質の構成分子に燃えにくい窒素を多量に含んでおり、その高い吸湿性によって水分を含んでいるためです。ウールはもともと炎に対する安全性も備わっているわけです。

ウールの構造図

顕微鏡でみたウールの断面図

仕上げ

ペルシア絨毯は、ていねいな仕上げが施されます。きれいに洗われ、華やかに誕生します。
それぞれの産地で若干の違いはありますが、基本的には同じ流れになります。
ただ、地域で長年の間、改良を重ね、織る素材、大きさなどで道具と方法が一部で変化しています。

◆工程

1.洗浄
よくブラッシングしながら洗い流します。汚れや余分なむだ毛を取り除き、光沢も出てきます。

2.乾燥
灼熱の太陽光を受けて自然乾燥させます。

3.刈り込み
絨毯の表面を再び刈り込んで、パイルの長さを揃えます。
パキスタンの織り子のナイフは独特な三日月形をしています。これは他の国には無い形です。パキスタンの国旗が三日月をしているからではなく、長い年月で試行錯誤を繰り返して、こうなったものであろうと推察されます。また、シャーリングも通常平らな面に置いてナイフ等で長さを整えますがパキスタンでは円筒の鉄パイプに乗せて大きなハサミで整えます。高密度の織りのものほど細いパイプを使用します。

シャーリング

4.ブラッシング
最後の点検をかねてブラッシングします。素材、品質によってアイロンなどを用いて光沢を出す作業をすることもあります。

◆織りのための道具

織りのための道具

織りと技術

母から娘へ、そして孫へ世代を超えて織り継がれる

絨毯の技術は、人々の生活形態によって、大きく違いを見せます。織機を例にとってみれば遊牧民は水平織機を、オアシスに定住した遊牧民は垂直織機をそれぞれ使用しています。
水平織機は軽く、組み立ても容易で移動生活に適しているが、大きな絨毯をつくるには適していません。
一方、垂直織機は上下二本の横木の長さに合わせて、両側に立つ柱を固定するためい移動生活には適していないが、横木の長さを調整することによって、幅の広い絨毯も織ることが出来る特長があります。しかし、絨毯の構造原理は極めて単純で、どちらも古代エジプトで使用された世界最古の織機形式とほとんど変わらないといわれています。

◆都会の織り方

  • 1.図案を描く。
  • 2.方眼紙に図案を写す。
  • 3.方眼紙に従い糸を染める。
  • 4.垂直式の機を設置する。
  • 5.経糸を張る。
  • 6.パイルを結ぶ。
  • 7.太い緯糸を通し、パイルを押さえる。次に細い縦糸を通し、再びパイルを押さえる。6と7の作業を繰り返して柄を出していく。
  • 8.仕上げ。

◆遊牧民・地方部族の織り方

  • 1.パイル糸を染める。
  • 2.水平機を設置する。
  • 3.経糸を張る。
  • 4.パイルを結ぶ。
  • 5.太い糸を通し、パイルを押さえる。次に細い緯糸を通し、再びパイルを押さえる。4と5の作業を繰り返して柄を出していく。
  • 6.仕上げ。

たんねんに、織る。気が遠くなるほど時間をかけて

ペルシア絨毯は、時の流れを超えてひと結び、ひと結び織り上げていきます。
まず、絨毯のデザインが精密な方眼紙に下絵として描かれていきます。
これを元に一本一本の糸を織り手が、毛足(毛羽)になるパイル糸を一つ一つ指先で二本の経糸に結ぶ作業を繰り返し、横一列が終わると緯糸を左右から交互に入れて鉄ぐし(バーズ)でパイルを強くたたき、目を詰めパイルを形成します。これが裏から見るとひとつの点(結び)に見えます。これが結び(ノット)となります。
手織り(結び)絨毯は使うことによって結び目が締まり、よりいっそう強靭になります。
「ペルシア絨毯は使えば使うほど良い」と言われている理由のひとつです。
「結び」のことを「ノット」と呼びますが、英語で手織りは「hand woven」、手織り(結び)絨毯のことを「hand knoted carpet」と言います。

◆ノットについて - Hand Knotted

ペルシア絨毯の「結び」には大きく分けて「ペルシア結び」と「トルコ結び」があります。基本的には地域によってそれぞれの結びが受け継がれていますが、長い歴史の中で、他民族に支配を受けたり血が混じり合うことによって変化をもたらしました。織り方による分布は明確にはできませんが、下記のような分類とされています。
一本の経糸の周りを一本のパイル糸でS字形に結ぶのが「ペルシア結び」で別名セーナ(Sehna)結びと呼ばれ、イラン及びイラン東部、中国、インド、パキスタンなどで多く用いられています。また日本の経糸の周りを一本のパイル糸で結ぶのが「トルコ結び」別名ギョルデース(Ghiordes)結びと呼ばれ、トルコ、コーカサス、イラン西部などで使用されています。

ノット(結び)地図

シルクロードにあたる地域にはいろいろなノット(結び)が受け継がれています。長い歴史の中で他民族の支配を受けるなど血が混じり合うことで変化して織り方の分布を明確にすることは出来ませんが地図上の赤い点線から左側(西側)がトルコ結び、右側(東側)がペルシア結びで織られているのが一般的です。

トルコ結び(ギョルデースGhiordes結び)イラン西部タブリーズから西側トルコ、コーカサス地方で主に用いられている。
トルコ結び

ペルシア結び(セーナSehna結び)主にイランより東側で多く用いられている。

ペルシア結び

どちらの結びも経糸にパイルを結びつけ緯糸で押さえて交差させるので、外見上見分けるのが困難です。
織りの特徴として、「ペルシア結び」指先で結ぶので指の細き女性が織ることが多く、構造上、曲線美の優雅な図柄を織ることが得意とされています。
「トルコ結び」はかぎ針(フックバフテ)を用いて織るので男性でも織ることが出来、結びもペルシア結びより2~3倍早く織ることができます。ただ結びの構造上、直線的なモチーフの幾何学模様を得意としています。曲線美デザインを織るときはそれに見合った細かな結びが必要となります。

ジョフティ・ノットこの手法は複数のパイルを結びつける方法で、この結び方は作業時間の短縮ができるが、織物の強度は弱くなり、織目が緊密になりにくく、経費を下げるために用いられる手法で、文様の部分は比較的に見抜きやすいが無地の部分は見ただけでわかりにくいので注意を要します。

染めの技法

◆糸に命を与える

精錬

染める糸の油脂肪分や汚れを取り除く作業で染色をするための準備工程。
この作業が染料が繊維に馴染むのに重要になります。

染色

糸を染料につけ、さらに媒染剤の溶液に浸します。
条件によって、この作業が何度も繰り返されることもあります。媒染剤は繊維に色を定着させる働きがあります。素材の糸や色によって、その種類は様々で、タンニン剤・アルミニウム塩・鉄分や鉱物の粉末が使用されます。どのような色に染めるかは媒染剤の選び方が重要なポイントで、染め手の経験によります。染色のなかには、染料を沸騰した液に浸ける工程もあります。この場合の温度や時間も、全て染め手の経験が左右します。

洗い

染料を糸に色彩として染めるには、これだけの工程作業が必要です。染めの工程だけで一週間以上の時間を要します。最後に糸の表面に残った余分な染料を洗い落とします。
こうして一本の糸は織り手に選ばれ織られていきます。

◆天然染料によって生み出された「染色美」

ペルシア絨毯の持つ魅力のひとつとして、まずあげられるのはその色彩の美しさです。古来、遊牧民は自然に生息する植物や昆虫などを使い、絨毯を味わいを持つ色に染め上げてきました。現在ではすべての色を天然染料で染めるケースは極めて稀ですが、高級なものになればなるほど、その割合が高くなります。

◆古来使用されていた天然染料とその色

素材名 特長と使用方法
赤・黄赤 特に重要視される緋色は茜を原料として、根を乾燥させて粉末にしたものを使用。樹齢5~7年が最良とされています。
コチニール 赤・紫 サボテンに寄生する貝殻虫の卵に含まれる色素を利用するため、雌だけが染料となります。2千年以上前から使用されています。
ロッグウッド 赤・紫・黒 豆科の植物で、木質は固く染色力は強い。
木片を口に含むだけで唾液が染まるほどといわれています。
タン皮 赤褐色・黄 大きなタンの樫の木は二重の樹皮に覆われ、外皮からは緑がかった黄色、内皮からは質の赤褐色がえられます。
紅花 赤味黄 西アジアで栽培され、その花弁に色素が含まれ、乾燥させたものを挽いたあと、苛カリなどの塩基を用いて染媒液がつくられます。
飛燕草 輝くような明るい黄色が出ます。
染め着きもよく、ムラなく均等に染色できます。
ウコン 香辛料として有名。
豊富に採れるため、ケルマンやヤズドなどでよく使われます。
ぶどうの葉 黄・黄褐色 西アジアで古くから使用されている染料。
明るい緑がかった黄色に染まります。
アザリン 薄黄 木材が普及する以前重要な染料のひとつでした。
種がまだ赤いうちに花弁を切り取り、乾燥させて使用します。
青の染料に適した植物は世界的に稀少。
ほとんどインド藍を使用するが、深い青を出すには乾燥して液に浸す作業を繰り返します。

※これらの素材を使った染色工程では、色止めとしてレモン、ぶどうの実、バーベリー(メギの実)などの酸味の強い果実から絞った液を使用

◆化学染料の発明が絨毯づくりにも変化をもたらしました

1856年、イギリスで合成染料(アニリン染料)がつくられ、手軽なためシルクロードの絨毯に急速に普及しました。繊細な色も表現されず、色も褪せやすいため1890年質の低下を恐れ、使用を全面的に禁止されました。もちろん現在用いられているクローム系染料は品質も向上し、アニリン染料に比べ高価なもので、比較的退色もしにくくなっています。

◆色彩によって表現される、絨毯のもつさまざまな意味

「空や海の色」で天国の色とされ、「真実」を意味するといわれています。
「太陽の色」と「健康と喜び」を表します。
ローズピンク 「知恵」を表す色といわれ、「神の英知」を意味します。
オレンジ 「大地の色」で「信仰心」と「愛国心」を表す色といわれています。
「慈しみ」と「平穏」を表す色とされています。
「マホメッド」の旗の色、予言者の上着に使われる色で「不滅」を意味します。

伝え継ぐ手織り絨毯

◆母から娘へ、娘から孫へ。長く愛されるほどに美しくなってゆくペルシア絨毯。

まるで砂漠の花が恵みの雨を受けて咲き匂うかのように、愛情を得ることでますます美しくなってゆく手織り絨毯。天然染料などで染められた色は踏めば踏むほどに色がなじみ、落ち着いた風合いを身につけていきます。
手織りのあたたかさは年月を経ても色あせることなく、使い込むほどに価値があがるといわれています。

ヨーロッパなどの一般家庭では、家具や食器などはもちろん、絨毯を何代にもわたって伝え継ぐ習慣があります。各部屋ごとに手織り絨毯を敷き、使い込んで味わい深くなった絨毯を、母から娘へ、娘から孫へと伝えていくのです。家族のさまざまな歴史や思い出に彩られた絨毯。
時間とともに美しさをましていくその表情は、いつの時代も人の心にやすらぎを与え、世代を超えて愛され続けることでしょう。

日本ではさながら娘が母から着物を受け継ぐように、大切な思い出やかけがえのない思いを「モノ」に託して伝えていくことができたら・・・そんな家族の願いをかなえてくれるシルクロードの手織り絨毯は、次の世代の子供たちへの最高の贈りものとなるでしょう。

カシュガイ族親子

◆手織り絨毯を通じて、子供たちに大切なことを伝えていきたい。

大量生産・大量消費の時代を迎え、わたしたちはより豊かな暮らしを求め続けてきました。その結果、わたしたちはひとつの「モノ」を長く愛し、大切にするという心を失いつつあります。

環境破壊や “心” の問題が叫ばれはじめた今、わたしたちは物質的な豊かさよりも精神的な豊かさを求めるようになりました。次々と現れては消えていくたくさんのモノに振り回されるよりは、自分にとって本当にいいもの、本当に必要なものだけを選びたい、そんな生き方を多くの人が望むようになったのです。

気の遠くなるような時間をかけて、一枚一枚丹念につくられた手織り絨毯は、手作りのぬくもりや本物の素晴らしさをわたしたちに教えてくれます。 使い込めば使い込むほど味わい深くなり、時間とともに愛着もわいてきます。

母から娘へ、そして孫へと伝え継ぐとき、手織り絨毯は「モノ」以上に大切なことを教えてくれるのです。自然の息吹、伝統の重み、本物の良さ、人の手が紡ぐ丹念な仕事・・・。手織り絨毯を通じてモノを大切にする心を育み、モノを大切にすることで得られる幸せを伝えていく・・・。子どもたちにいちばん残したい “心”を手織り絨毯は知っているのです。

ペルシア絨毯の歴史

悠久の歴史が紡いだ物語・・・ペルシア絨毯

あらゆる生物は快適な環境を好み、人類もその例外ではありません。
古来、人類は住まいに居心地の良さを求めてきました。冷寒地に住む人々は何よりもまず大地からの底冷えを防がねばなりません。灼熱の砂漠で生活を営む人々も夜の急激な冷え込みに備える必要があります。干し草の寝床は防寒の必需品であり、獣の毛皮は何物にも勝る保温材だったのに違いありません。
高温多湿地帯に住む人々は、ひんやりとした感触の床材を求め、植物の靭皮などをなめしたり、編んだりして、敷物にしました。何時の時代でも、どの地域でも、人々は入手可能な材料と最高の技法で敷物をつくり、快適な住居空間づくりのベースとしたものです。

◆絨毯のはじまりは、先史時代

カーペットのルーツをたどっていくと、人類が狩猟生活を営んでいた先史時代にまで遡ります。
厳しい自然から身を守るために生まれた暮らしの道具、それがカーペットの始まりだったのです。

◆羊毛の登場で進歩した絨毯

農耕牧畜時代に入ると、人類は綿羊を飼い始め、その毛が敷物にも利用されるようになりました。
まず、生まれたのが、フェルト。これは羊毛を集めて圧縮しただけの単純なものでしたが、カーペットの快適性を飛躍的に高めるものでした。やがて簡単な平織りが作られはじめ、特に古代バビロニアやエジプトでは技術がめざましく進歩して縞模様やつづれ織りの敷物が生産されました。

◆絨毯の誕生と世界への拡がり

フェルトやつづれ織りのような平面な敷物に変わって、暖かさ、感触の良さを生かすパイル系の厚みのある敷物が生まれました。これが経糸にひとつひとつパイルを結びつけてつくる緞通です。
これが絨毯で、その起源は定かではありませんが、中央アジアやペルシア、インド、中国などそれぞれの地方で独自の発達が見られます。シルクロードをはじめとして、絨毯という偉大な発明が世界中へと拡がっていったのです。

◆『パジリク絨毯』現存する中では世界最古の絨毯

1945年に、旧ソ連の考古学者S.J.ルキデンコの手によって、南シベリアのアルタイ地方のパジリク(Pazyryk)渓谷・スキタイ王族の古墳から発掘されました。
「パジリク絨毯」と名付けられたこの絨毯は、トナカイや馬を引く人物、騎士が表現された模様でそのスタイルが、アケメネス王朝ペルシア期のものと酷似しているため、当時のアケメネス王がスキタイ王国へ贈呈した一つではないかとされています。経糸に結びつけられたパイル数は360,000TK/m2もある緻密なものです。一説には紀元前500~400年頃につくられたものと推定されています。

パジリク絨毯size:200×183cm
(サンクトペテルブルグ・エルミタージュ美術館蔵)

パジリク絨毯の模様

◆『アルデビル絨毯』年代が判別できる世界最古の絨毯

世界最大で、最も豪華なペルシア絨毯のひとつで、西暦1539年~40年にあたるイスラム歴946年の文字が織り込まれています。
高度な織物技術が結集されており、76.4kmの絹の経糸、124.7kmの絹の緯糸、2,955万9,600個に及ぶ結び目が美しく調和のとれたデザインを織り出しています。
ヴィクトリア朝の有名なデザイナー、ウィリアム・モリスもV&Aに購入を勧めたものの一人として「一枚に収められた完璧・・・これまで目にした中でも傑出した極上の東洋のカーペット」と推奨しました。
1893年、V&Aは当時の驚くべき大金、2,000ポンドで購入しました。

アルデビル絨毯size:1152×534cm
(ヴィクトリア・アルバート美術館蔵)

アゼルバイジャン・アルデビルという名前が織り込まれていることから、こう呼ばれています。ペルシアの詩人、ハーフィズの詩の一句とともに、「この仕事は946年(西暦1569年)カシャーンのマクサドにより始められた」(イスラム歴は西暦622年により始まる)※イスラム歴は一年が354日
上質のウールとシルクがふんだんに使われていて、当時としてはかなりの高級品であったと想定されます。

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